11月3日 韓国釜山~対馬、ランチェスター成功事例、陶山訥庵先生を巡る旅③

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3日目は朝から陶山訥庵先生のお墓参りへ。まずはお墓のある修善寺住職の講話をお聞きしました。

人生は花ではなく見えない根っこが大切。だから祖先を大切にし、お墓参りをしなさいと教えていただきました。

 
 

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陶山訥庵先生のお墓の前で。

 

 

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いよいよ竹田先生のセミナーが始まりました。

 
 

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帰りはまた高速船ヴィーナスに乗って、対馬から福岡へ。

 

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高速船の中でつしま島自慢弁当をいただき、福岡から新幹線で名古屋まで帰ってきました。

 
 
 
 
江戸時代、対馬は韓国からの防人の島として重要な拠点でしたが、イノシシが大量発生して畑を食い荒らし、食糧難で壊滅的な被害を受けたそうです。
陶山訥庵先生は生類憐みの令が出ている中、命がけで江戸幕府にイノシシ狩りを志願。
そして対馬を9つのエリアに分け、柵を作り次々と増え続けるイノシシをエリアごとに駆逐していったそうです。
普通はイノシシを狩るとなると、鉄砲や槍で殺していきそうなものですが、柵を作り始めたとき対馬の人たちは陶山訥庵先生が気が狂ったと、家に石を投げつけたりもしたそうです。
しかしその内に陶山訥庵先生の努力が実り、5年後5つのエリアで、約島の半分でイノシシの駆逐が完了したそうです。
しかし、島の人たちが陶山訥庵先生を讃える中、島の有力者が嫉妬し、幕府に陶山訥庵は謀反の気配ありと通告。そして陶山訥庵先生はイノシシ退治の任を解かれたそうです。
しかし怒った島民は陶山訥庵先生の意思を引き継ぎ、残り4つのエリアを4年かけてイノシシ退治をして、島は救われたそうです。
 
 
私はこの陶山訥庵先生の事例をランチェスター戦略の成功事例として何度も聞いていましたが、実際対馬に来てこんな険しい山の中に柵を築いた努力と、島の人たちの反対を受けながらまやり遂げた実行力に驚くばかりです。
そして任を解かれた後も部下が引き継いだということは、正しい戦略と誰にも負けない情熱があれば、部下はついてくると証明しています。
本当に対馬に来てよかったと思いました。
 
 
 
 

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この旅で読んだ小説はルーズベルトゲームと名もなき毒です。ドラマが見てみたいです。